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ヘラルボニーが進む「100年企業」への道のり(6)── 資本主義社会の中心で「らしさ」を模索する 2023年社史 | ヘラルボニー100年史 | HERALBONY Co., Ltd

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EPISODE:06

ヘラルボニーが進む「100年企業」への道のり(6)── 資本主義社会の中心で「らしさ」を模索する 2023年社史

2018年に創業したヘラルボニーは、松田文登、崇弥の「自閉症の兄へ向けられる冷たい視線を変えたい」という思いからはじまりました。「障害」という言葉の中に押し込められた、一人ひとりの個性……「異彩」を解き放ち、先入観や常識というボーダーを超え、「100年先の⽂化をつくる」挑戦です。

 

2022年を「アート元年」として現代美術の世界への足がかりを築いたヘラルボニーは、2023年、新たな問いに向き合うことになりました。資本主義社会の中でいかに「ヘラルボニーらしさ」を貫くか、という問いです。

 

ビジネスの急速な成長、組織の拡大、新規事業開発……その中で「社会を変える」ことに執着し、福祉領域を拡張して文化を醸成しながら、血の通った関係性を失わず、一人ひとりの違いを可能性につなげていくか——。2023年はヘラルボニーにとって、強い追い風を受けながらも、私たちの根幹にある価値観をいかに守り、最大限に拡張していくかを問いつづける一年でした。「ヘラルボニー100年史 EPISODE:06」では、その紆余曲折と葛藤を追います。

異彩の日に放つ「鳥肌が立つ、確定申告がある。」

2023年1月31日、前年からこの日を「異彩(イサイ)の日」とし、「異彩が当たりまえに存在する世界」へ向けたアクションを行うと宣言したヘラルボニーは、企業広告ポスターを掲出しました。

「鳥肌が立つ、確定申告がある。」——。

 

小林覚さん、衣笠泰介さん、田崎飛鳥さんのアート作品を背景に、ボディコピーには「息子が扶養の基準を超えて、確定申告することになりました。」と、ある作家のご両親から連絡が来たこと。日本において、雇用契約に基づく就労が難しい障害のある人に対して、職業訓練所で支払われる平均賃金が月額15,776円程度(※)であり、経済的自立が困難な現実を伝え、ヘラルボニーの契約作家の確定申告が、どれほど大きな可能性を示しているのかを明らかにしました。

 

「いくつか提案したコピー案の中から、崇弥さんが『これがいいと思いました』って、数秒ほどで選んでくれたものでした。私自身、重い障害のあるいとこがいて、その確定申告がどれほどすごいことなのか身をもって実感して、最初に知ったときに鳥肌が立ったんですよ。ごく個人的な経験をもとにしたコピーだったのですが、『確定申告』というありふれた事柄に『鳥肌』という少しギョッとするような言葉を掛け合わせたことによって、興味を惹く響きになったのかなと考えています」

そう話すのは、電通のクリエイティブディレクター・コピーライターである長谷川輝波さん。この広告キャンペーンをヘラルボニーとともにつくった一人です。長谷川さんは以前からヘラルボニーに共感し、ファンとして社内外にヘラルボニーのことを紹介してくれていました。2021年からはSNS企画を中心に協業する機会が増え、異彩の日を前に、より多くの人の関心をひくようなアクションをするにはどうすればいいのか、改めて長谷川さんの知見を頼ることにしたのです。

 

広告ポスターは、国税庁へとつづく東京メトロ千代田線・霞ケ関駅A13出口付近をはじめ、東銀座駅、岩手県盛岡市のJR東日本・盛岡駅の4カ所に掲出。確定申告を間近に控えた時期でもあり、実際にSNSでも大きな話題となりました。

限られた予算のなかで貼られたポスターはたった4枚。国税庁へとつながる東京メトロ千代田線・霞ケ関駅などストーリーをもつ場所を吟味して掲出した

さらにこの年の10月には長谷川さんが同コピーによって「東京コピーライターズクラブ新人賞」を、11月には一連のキャンペーンが「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS PR部門 総務大臣賞/ACCグランプリ」を受賞し、広告業界において高く評価されました。名だたる大手企業が並ぶ受賞リストの中、ヘラルボニーが同年新設されたPR部門でグランプリを獲ったことは、私たちヘラルボニーはもちろん、長谷川さんにとっても大きな驚きでした。PR部門審査委員長を務める眞野昌子さんからは「ファクトをベースに、社会にパーセプションチェンジを促したクリエイティビティがあざやか」と講評をいただきました。ヘラルボニーが企業活動の一環として、社会変容を起こそうとしているその姿勢を評価いただいたのです。

 

※就労継続支援B型の場合 / 出典元:厚生労働省 障害者の就労支援対策の状況(令和2年度)

「できることは、なんでもやる」──永田暁彦氏の経営顧問就任

創業5周年を迎えた記念日である7月24日、ヘラルボニーは新たに経営陣を迎えました。株式会社ユーグレナ取締役代表執行役員CEOでリアルテックファンド代表(当時)の永田暁彦さんが、ヘラルボニーの経営顧問に就任したのです。永田さんとのご縁は、株式会社ビズリーチの元代表取締役社長、ビジョナル株式会社元取締役の多田洋祐さんと知り合ったことがきっかけでした。多田さんの次女はダウン症で、ヘラルボニーをずっと応援してくださっていました。2021年4月にビジョナルが東証マザーズへ上場したときにも、八重樫季良さんのネクタイを着けてくださっていたほどです。

永田「多田くんと僕は同い年で、すごく立場が似ていたんです。ビズリーチとユーグレナという、創業者からそれぞれ代表を引き継いで、同時期に上場を果たして。僕は彼を、本当の親友だと思っていました。『いつまで代表を続けるの?』みたいな話をしている中で、いつか自分の次女が生きる世界のために、ヘラルボニーみたいな仕事をしたいんだ、と彼はよく話していたんです」

 

けれども2022年7月2日、多田さんは志半ばにして急逝されました。その数日後の7月18日、ヘラルボニー4周年記念展覧会「The Colours!」トークセッションのゲストの一人として、松田崇弥と文登は永田さんと初めて実際に対面しました。MUKU時代からお世話になっている株式会社ロフトワーク共同創業者の林千晶さんを交え、資本主義社会におけるヘラルボニーの可能性、ソーシャルビジネスのあり方について話し合ったセッションの終盤、永田さんは「僕のできることは、なんでもやりますよ。だからずっと(配信の)画面じゃなくて、こっち(崇弥と文登)に向かって話しているんです」と、ありがたい言葉をかけてくださいました。

初めて永田さんと対面したヘラルボニー4周年記念展覧会「The Colours!」でのスペシャルトークセッション

その後永田さんとは、折に触れお話するようになりました。松田兄弟の実家にお招きして、家族とともに過ごしたこともあります。経営者の先輩としてアドバイスを求めるというより、永田さんの存在そのものから大きな影響を受けるようになりました。

 

崇弥「永田さんと会うときは、いつも緊張するんですよ。私たちが浮ついていたらすぐ正してくれるというか、悪い方向に流されないような強さをもたらしてくれる。本質を鋭く見抜かれているような……少し怖いけど憧れている親戚のお兄ちゃんみたいな、そんな感じなんです」

 

永田さんのご両親は長らく福祉関連の仕事に従事されており、永田さんの福祉業界に対する深い理解や課題意識には、いつも感銘を受けていました。崇弥、文登が強く願ってきた、兄の翔太さんが幸せでいられる世界……障害のある人に対する視線が、福祉に対する意識が大きく変わり、福祉領域が本当の意味で前進する世界が、永田さんとなら実現できるのではないか。もし永田さんとともにヘラルボニーの舵取りができれば、どんなに心強いことだろうかと考えたのです。崇弥、文登は永田さんに、ヘラルボニーの共同代表への就任を依頼しましたが、結果的に経営顧問を引き受けてくださることになりました。

 

永田「心の底から嬉しかった。ですが僕はユーグレナの代表を務めていましたから、残念ながらその申し出を受けることはできませんでした。そのときはユーグレナを辞める選択肢なんて一切考えていませんでしたからね。もし一緒に代表を務めていたら、全然違う未来があったかもしれません。

 

ただ、僕の人生には何人か、掛け値なしで付き合える友人がいて、松田兄弟もそんな存在だった。歳は離れてるけど、良いヤツで夢があって、やっていることを応援したいと思える。その3つが全部揃う人って、あまりいないんですよ。だから純粋に彼らを応援したいと思ったし、多田さんの想いを引き継ぎたかったし、過去の両親も救いたかった。ただそれだけだったんです」

経営顧問就任時に発表したプレスリリースのトップ画像には松田家と永田家の皆さんが描かれている。イラストレーションは小池アミイゴ氏

永田さんの経営顧問就任時のプレスリリースには、崇弥、文登の家族と永田さんのご両親からの手紙を載せました。永田さんと崇弥、文登は、多田さんと同じ八重樫季良さんのネクタイを着けました。誠実、謙虚に「血の通った経営」を大切にしたいという意思表明と、さらなる福祉領域の拡張のため、「福祉実験ユニット」から「福祉実験カンパニー」への転換を宣言する機会としたのです。

ダイバーシティを体現する新規事業「DIVERSESSION PROGRAM」

「ユニット」から「カンパニー」へと進化する姿勢は、取り組みにも表れていました。ウェルフェア事業部による新規事業「DIVERSESSION PROGRAM(ダイバーセッションプログラム)」です。この年春に立ち上げたウェルフェア事業部は、ヘラルボニーにとって新たな挑戦となる新規事業創出をミッションとしていました。立ち上げメンバーは同年6月に入社した神紀子、5月に入社した菊永ふみの二人です。

 

ウェルフェア事業部コンテンツクリエイター・菊永ふみ(左)ウェルフェア事業部責任者・神紀子(右)

ウェルフェア事業部の責任者を務める神は、リクルートで営業や新規事業推進に従事した後、フィリピンへの語学留学、世界一周の旅を経て、株式会社グロービスに入社。グロービス経営大学院でMBAを取得し、ソーシャルビジネスの世界で自らの力を発揮したいとヘラルボニーにジョインし、新規事業開発を担当することになりました。

 

神よりひと足先にジョインした菊永は、崇弥、文登と同時期に100BANCHに入居した“同志”でもありました。一般社団法人異言語Lab.代表理事として「異言語脱出ゲーム」を考案し、MUKU時代に「未来言語」プロジェクトを共創したこともあります。異言語Lab.を続けながらも、コンテンツクリエイターとしてヘラルボニーの新規事業に手を貸してほしい。それが崇弥、文登からの要請でした。

 

ただ、新規事業開発と言っても、まだ明確な事業戦略も部門としての方向性も定まっていませんでした。ヘラルボニーがこれまで取り組んできた「アート」を基軸としたビジネスではなく、新たなビジネスモデルでヘラルボニーの思想を体現し、社会を変えるような試みです。チームとなって2日目、神と菊永はこれからのロードマップを描きました。「障害のある人が働くカフェやホテルをつくる」「障害のある人がリーダーとなれる環境をつくる」「マジョリティの意識変容を起こす学校をつくる」……さまざまなアイデアがある中で、まずはカフェ事業の立ち上げを模索することになりましたが、資本政策上、いったん先送りすることに。代わりに主力事業として取り組むことになったのが、研修事業でした。

 

アカウント部門にはさまざまな企業から、商談だけではなく「もっとDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)について教えてほしい」「相談に乗ってもらいたい」といった要望が寄せられるようになっていました。ソーシャルインパクトやESG投資などが広がっていく中、企業としても具体的な施策や取り組みを考えたいというニーズが出てきたのです。

 

私たちにできるDE&I研修とは何か。それを具現化するにあたり、軸となったのは「障害のある当事者第1号」としてヘラルボニーに入社した、ろう者である菊永自身の経験でした。

 

菊永「入社してから人事に相談しながら環境整備を進めてきましたが、思った以上にマジョリティの『無意識の特権』を感じることがありました。手話通訳をつけるにもお金がかかりますし、事前準備も必要です。オンラインミーティングで字幕を設定して、コミュニケーションについてマニュアルを作成して……健常者と同じスタートラインに立とうとするだけで、たくさんのハードルがあるんです。

 

オンラインではSlackでやり取りできても、実際の場ではちょっとした雑談や仕事の話も何を言っているのかわからず、知りたいけど知ることができないもどかしさと、些細なやり取りが抜け落ちて積もり積もっていく……どうやって環境を整備していくべきなのか。泣きながら葛藤していたことを、この研修プログラムに入れ込んでいったんです」

 

プログラムでは、参加者が障害の「社会モデル」を体感的に理解することができます。「見えにくい役」「発言に制限のある役」といったマイノリティの立場を擬似的に体験しながら、お互いの違いを理解し、チームでミッションクリアを目指します。そのプロセスの中で、それぞれが自身の中にある「アンコンシャスバイアス(無意識のバイアス)」に気づくことができるのです。

 

けれども研修が着々と開発される一方、まだ40名規模のヘラルボニーにおいて、新規事業を推進しつづけることは想像以上に困難がありました。限られたリソースを既存事業に注力したいというジレンマ、「DE&I」を前面に出すことでかえってイメージが固定化されてしまうのではという懸念……一時は「辞める」と意思決定されかけたこともありました。

 

「でも、今さら辞めるなんて選択肢は私にはなかったんです。何よりふみさんのつくるプログラムが面白くて、『これはいける』『社会を変えられる』と確信していたんです。だから『もし会社がやらないなら、この事業をスピンアウトしてでも絶対にやりますから』とふみさんに話したこともありました。それだけやり切る覚悟が必要だったんだと思います」

 

神が事業の価値を確信していたのには、訳がありました。プログラム開発にあたり、モニター企業2社とパイロット版のプログラムを実施し、参加者の意識が大きく変わる様子を目の当たりにしていたからです。ある参加者の一人は、研修前は「障害者との接し方がわからない」と属性にとらわれ、菊永を「障害のある人」「耳の聞こえない人」としか認識していませんでした。けれどもセミナーやワークショップ、福祉施設訪問など3日間にわたる研修の中で、少しずつ行動変容が起こりました。菊永と対話し、手話を学び、最終日を振り返るオンラインミーティングでは「ほら、みんなの顔が見えないと、ふみさんが今、誰が話しているのかわからないじゃん」と、自らウェブカメラの角度を調整してくれたのです。

 

相手がどんな人で何を求めているのか……その人を「障害のある人」という属性ではなく、個人として見ること。一人ひとりの違いを知ることをポジティブに捉え、チームとしてともに関わりながらゴールを目指していくこと。それこそがプログラムを通じて伝えたい本質的なDE&Iのあり方でした。

ウェルフェア事業部の立ち上げから半年を経て、チームも神と菊永に加え、プログラム共同開発者の阿部麗実など仲間が増えていました。ウェルフェア事業部が社内のDE&I推進も担うことで、働く一人ひとりにとって心理的安全性が担保できる組織づくりが始まったのです。こうして11月27日、ヘラルボニーの新たな事業として、法人向けDE&I推進のための体験型研修「DIVERSESSION PROGRAM」が正式にリリースされました。

 

※「DIVERSESSION PROGRAM」は2025年7月より「HERALBONY ACADEMY」にリブランディング。研修を通じて得られた実践知をもとに、大学との共同研究も視野に、企業や自治体、教育機関などにおける"ちがい"を力に変える組織づくりを探求している

世界一から逆算せよ――「攻めの姿勢」で新経営体制

新宿髙島屋、東京ミッドタウン八重洲、阪急うめだ本店、大丸神戸店、日本橋三越本店など各地で続々とポップアップショップを出店。4月には経済産業省が推進するスタートアップ育成支援プログラム「J-Startup」に選定。5月は展覧会「ART IN YOU アートはあなたの中にある」を開催し、資生堂クリエイティブやJR東海などとの協業、JALとの業務提携など、着実にヘラルボニーの認知が広がっていきました。その一方で崇弥、文登は、自分たちの経営者としての視点と経験値の不足を歯がゆく感じていました。それを痛感させられたのは、ある世界的企業の経営者との邂逅でした。

 

共通の知人である投資家を介して面談を許された時間は、30分。すぐに何らかの成果につながらなくとも、まずはヘラルボニーの存在を知ってもらいたい。ヘラルボニーの目指す世界観に共感してもらえたら……そんな淡い期待と意気込みは、わずか5秒で打ち砕かれました。周囲には先方の役員も数名立ち並ぶ中、事前に練習に練習を重ねたプレゼン……気迫のこもった5分間を終えるやいなや、「わかりました。で、貸借対照表は?」「それで売上が取れるんですか?」「赤字なんて害悪だ」「なんでこんな会社に投資するんです?」「今、答えてください」──。矢継ぎ早に厳しい言葉が飛び、崇弥と文登は完全に圧倒されました。

 

文登「一生忘れないと思います。頭が真っ白になって30秒くらい固まってしまったんですけど……つまらない内容だったら5分で帰される企業もあると聞きました。それに比べたら30分フルで会ってもらえたのは、僕らへのエールだったと受けとめています」

帰り道、近くの中華料理店に立ち寄り、二人でビールを飲みながら悔しさを噛み締めました。「初対面なのに」「買収を持ちかけていると勘違いされたんじゃない?」など冗談まじりに面談を振り返りながらも、崇弥と文登は、終盤で投げかけられた言葉を反芻していました。

 

「世界一から逆算しろ」──。

 

世界的企業の経営者の視座のすごみを、身をもって実感した二人は、自らの甘さを改めて自覚しました。自分たちは「異彩を、放て。」をミッションとして福祉領域を拡張し、社会変容を起こすことを、強い確信と熱のこもった言葉でいくらでも語りつづけることはできる。けれども資本主義社会の中で、数字やファクトといった論理的な視点に対しても、具体的な解と成果を見せていかなければならない——。二人は経営者として、もう一段上を目指さなければならないことを、思い知らされたのです。

 

12月4日、ヘラルボニーはMPower Partners Fundをリード投資家とし、これまでお世話になってきた鎌倉投信株式会社と合わせて資金調達を実施しました。MPower PartnersはESG重視型のグローバル・ベンチャー・キャピタル・ファンドで、ヘラルボニーのミッションに共感し、その可能性に賭けてくれることは願ったり叶ったりでした。

 

さらにヘラルボニーは新たな経営体制を発表しました。これまで代表取締役副社長COOを務めてきた文登が代表取締役Co-CEOに就任し、崇弥と文登の共同代表制となったのです。これまでも崇弥、文登は「双子で共同代表」の意識を持ちながら経営してきましたが、対外的にはそう見られることは少なく、社長を対象とする登壇や会合、取材に崇弥しか参加できない、といった制約もありました。改めて正式に共同代表制を表明することで、よりスピード感を持って意思決定できるのではないかと考えたのです。

そして最高執行責任者(COO)にはマッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、株式会社マネーフォワード社長室長、IR責任者を務めた忍岡真理恵が就任し、MPower Partners創業パートナーの関美和さんも社外取締役に就任することになりました。この新体制はまさに、ヘラルボニーが海外事業を立ち上げ、本格的にグローバル展開を目指す「攻めの姿勢」の表れでもありました。

世界中から石を投げられたとしても──ヘラルボニー 経営顧問・永田暁彦

ヘラルボニーは、必ずしも革新的なビジネスモデルではありません。IP事業に取り組む企業はいくらでもあるし、障害のある方の作品を商品化する事業者もたくさんいる。けれどもなぜこれほどブレイクスルーしているのか。それはひとえに彼らの誠実さと個人的な欲求……お兄さんに対する視線を変え、作家たちを取り巻く環境を変え、世界を変えたいという強い意志によるものだと思います。「社会のために良いことをしている」で満足するのではなく、情熱と時間と労力をかけ、現実的に「社会を変える」という結果を出したい、という強い想いです。

 

作家さんが確定申告をするようになった。親御さんに食事をご馳走できるようになった。それはとても素晴らしいことですが、そういった人が数十人、数百人となっても、その人数分の人たちをただ救えた、ということ。誰もが作品を描けるわけではありませんし、さまざまな人がいる中で、その個性を異彩として放てる社会に向けて、一歩ずつ歩いているだけです。

 

当初は松田兄弟の良き相談相手、「親戚の兄ちゃん」みたいな付き合いでしたが、経営顧問に就任して、毎月各部門のマネージャーとハンズオンミーティングをして、組織と向き合う機会が増えてきました。密度の高い議論をする中で感じるのは、ヘラルボニーという企業が本当の意味で「スタートアップ」をやっているな、ということ。世の中からの大きな期待を背負って、自分たちの実力よりもちょっと先にある大きな夢に向かって、普通の会社の倍以上、みんなもがいて苦しんで、強くなろうとしている。スタートアップとして正しく葛藤を続けているなと感じます。

 

世の中を嘆くのは、起業家の仕事ではありません。嘆く暇があれば、結果を変える。彼らは厳しい道を歩いていると思っています。けれども厳しい道を歩むと決めたからこそ、進める道もある。だから、彼らが日々きちんと数字を追っていること、それが社会を変えることにつながると信じる仲間がいるのは、本当に素晴らしいことです。

 

この集団を、これから1000人、1万人と世界にインパクトを与えられる組織へいかに昇華させていくか。10年、50年……松田崇弥と文登がいなくなっても、その想いが一人ひとりにDNAのように刻まれていく。そんな組織をつくることが、「100年先の⽂化」につながっていくんだと思います。

 

世界にヘラルボニーの名がとどろき、売上が1兆円になったとしても……逆に世界中の人から石を投げられる存在になったとしても、僕は変わりません。花巻の実家に遊びに行って、翔太さんとコンビニに出かけて、お父さんのつくったカレーを食う。そうやって崇弥と文登のそばにいるんだと思います。

永田暁彦

UntroD Capital Japan株式会社 代表取締役社長/ヘラルボニー 経営顧問

株式会社ユーグレナの未上場期より取締役として事業戦略・財務・バイオ燃料領域を主に管轄。2021年より同社のCEOに就任し、全事業執行を務める。2024年同社を退職。2015年、社会課題解決に資するディープテック投資を推進するリアルテックファンドを設立。2024年、同ファンドを運営するUntroD Capital Japanの代表取締役社長に就任した。日本初のNPOを母体とするソーシャルインパクトIPOを果たした雨風太陽の創業および経営など、資本主義におけるソーシャルインパクトの実現に注力している

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